HSC長女のキロク

⑥【HSC長女のキロク】親としてではなく、子供のころの私に声をかけてあげる

こんにちは、はみるのです。

わが家の繊細さん長女、小学2年生の2学期から数ヶ月の不登校を経て、3年生の1学期途中からは順調に学校へ行くことができていたんですが…

また3年生の2学期から学校へ行けなくなってしまいました…。

一度、順調に行けていただけに私もかなり落ち込んでしまって( ; ; )

やはり、長女はHSC(ハイリーセンシティブチャイルド/非常に敏感な子供)の気があるので、学校生活うんぬんより複合的にからみあったやりにくさがストレスとなってやられてしまうみたいです。

大好きな習い事の英語ももう1ヶ月以上行けてないんですが、今日先生が気にかけて電話をしてきてくださったんですよね。

そこで私は、自分でも整理しがたい気持ちとともに、涙がドワーっとあふれてしまいました。

我が子のことを認められると自分まで救われる気がする

英語の先生は70代くらいの方なんですが、本当に愛にあふれていて私も娘も大好き。

ただ英語を教えるのではなくて、英語以外でも【子供は可能性にあふれている】といったスタンスが、言わずとも感じられるんです。

「〇〇ちゃんどうですか?」と、やさしい声を聞いただけで涙腺にくるから困るー!

先生は最近、フリースクールにも月2ほど入ることがあるらしく、

英語の先生

本当にいろんな子がいますよね。
人間なんだから、みんな違って当たり前。

だから、今は〇〇ちゃんの気持ちに添ってやれば、全然いいと私は思いますよ。

と。

何回も何回も、

英語の先生

〇〇ちゃんのまま、そのままでいいんです。
本当にすばらしい子。〇〇ちゃんは何にも悪くない。

お母さんが悪いなんてことも、まったくない。あの〇〇ちゃんを立派に育ててるんですから。

いい歳してはずかしいけど、涙腺崩壊してしまった……。

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邪魔をするのは私の中にいる「子供のときの私」

そのままでいいと、今の娘を認めてあげよう、あげたいと思ってるのに、なかなか簡単にはできなくて。

その理由に、私にはたくさんの【〜べき思考】があります。

  • 遅刻はしないべき
  • 学校には行くべき
  • 勉強するべき

今の娘には無理だって、頭ではわかってるんですけどね…。できたらとっくにやってる、と。

私は両親に、特に不自由なく育てられたと思います。

頭ごなしに怒られたことも、やりたいことをむやみに制限されたこともたぶんありません。

そうやって不満なく育てられたんですけど、そういえば【ほめられた】記憶がほとんどないんですよね。

たぶん悪気あってのことじゃなく、「うちの子なんてね〜」のノリ。

年子の3人兄弟だったから、毎日大変すぎてどう過ごしてたのか覚えていないって前に母が言ってたので、たぶんほめるヒマがなかったんだと思います。

それが、いまだに引っかかってるかも…とふと思いました。

自分はありのままでいいよって言葉にして認めてもらえなかったのに、褒めてもらえなかったのにって。

魚の小骨が喉にささっているかのように、うまく出てこない。

もしかして、娘がちょっとうらやましいのかな…。

子供のときの私に声をかけてあげよう

やさしく愛を持って育てられたと確信している自分でさえ、親からほめられないということはこんな歳になってまで覚えてるもんなんですね。

それくらい、親の影響力ってすごいんだなぁ。

ましてや、娘は学校を休んでるという負い目があるから、なおさら「私なんて…」と自信をなくしてるだろうと思います。

だから、私は簡単じゃなくても、うまく出てこなくてもいいから、できるだけ「今のあなたのままでも大好きだよ」というメッセージを、伝えていかなくてはなと思うんです。

0、100じゃなくていい。10でも5でも1でもできたらいいんだ。

どうしても、【親としてどう声をかけるか】と考えてしまいがち。

それより、【子供のときの私だったら、何と声をかけられたかったか】と、昔の自分を救ってあげるような心持ちで、娘に接していきたいと思います。

いつもやさしいお母さんではいられなくて、凹むこともしょっちゅうあるけど、私だって娘の横に並んでずっと勉強中。

背中を見せなくてもいいから、不器用ながらも一緒に歩いていけたらいいなー。

それでは、また。

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